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2012年3月20日(火)
伝道50周年を前に

立川バプテスト教会は9月16日に伝道50周年を迎え、感謝の時を過ごしたく準備を始めました。まず記念誌の発行を願って、立川バプテスト教会に関わってくださった様々な方たちからの、思い出や励ましの文書をいただいています。年表を作成する中で気づくことは、すっかり教会の歩みは、時代の歩みの中に組み込まれていると言うことで、世相もしっかり映し出され、一喜一憂するなかで、どのように教会が信仰を持ってその時を越えてきたか。たくましい教会の歩みを知らされています。
時代は高齢化社会を迎え、教会もその渦の中にあります。その中でどのように生き抜くか。日本の社会がその中でうめき、希望を見出そうとしてする姿を、先取りできる教会の前進を夢見ています。
並木姉(北海道・富良野在住)から50周年記念事業への献金と原稿をいただきました。また、神学生(JCC)時代に立川バプテスト教会で奉仕してくださった川内研二先生(博多教会牧師)からも原稿をいただきました。皆さんに覚えていただいて、少しずつ準備が進められていること感謝です。

2012年3月15日(木)
4月8日はイースター

主イエスさまのご復活をしっかりと受け止める信仰生活が出来ること。これほどの喜びはありません。3・11を迎えて私たちは受けた試練をどのように受け止めてきたか。出来事の当初は、あまりにもひどい出来事に、絆の強さが発揮され、お互いに生きる力を出し合ってきたことでしたが、ここにきてその本物度が試されている感を否めないでいます。
主のご復活を喜び、私もそのいのちに入れられていることを知るとき、どのように生きているかを問われませんか。そこにはイエスの十字架の死があります。だからこそ死からいのちの移された喜びがひとしおであることは言うまでもありません。その喜びを生きるのがクリスチャンです。
私たちの人生で強いられて生きているものは何もありません。みんな復活のイエスによるのです。ほんとうにこころからイースターを祝いたいと願っています。ほんとうはクリスマスよりも盛大にイースターが祝われるのが本筋かも知れませんね。
私は3・16が好きです。それはヨハネ福音書とヨハネ第一の手紙の言葉です。「イエスは私たちのためにいのちを捨ててくださった」。「私たちも兄弟のためにいのちを捨てるべきです」
みんなでイースターを祝うことを通して、真剣に生きる一人一人とされたいと切に願っています。

2012年2月28日(火)
セブの教会

教会の厚意をいただいて息子のフィリッピン・セブ島での結婚式に参加させていただいた。今セブ島はハワイに次ぐ人気のスポットだと聞いています。しかし私たちが訪れたのは、息子の相手が現地の女性で、彼女が所属するカトリック教会での結婚式で、観光客が訪れるところではありません。そこで現地の人たちがどのように生活し生きているかを見せていただき、大きなカルチャー・ショックを受けたことは事実です。
教会が人々の生活にどのように関わっているか。キリスト教信仰がいわゆる土着化した、セブの人たちの生活を見させていただきました。それが生活そのものというのに驚きです。
教会の開放的なことは、まず礼拝堂には入口はあるが、両脇は窓もドアもない出入り自由、教会のそばは小公園でいろんな人のたまり場になっていて、ミサの間中も後方の座席は出入り自由。誰も気にするものはない。結婚式が行われているときも同様でした。結婚式が行われた教会は、普通のその地域の人たちの教会で、毎日3回のミサが行われている。
観光化している開拓者であるスペイン人のマゼランが建てた教会は、さすがに観光客で賑わっていたが、その教会とて出入りにチェックはあるが基本的には自由であって、その教会の告解室のある廊下は行列で、順番を待っている人たちが並んでいた。
本来、教会はそうあるべきなのかも知れませんが、信仰とは、と粋がる私たちには納得できない彼らの信仰生活、教会生活というべきかも知れません。
素朴にすべてのことは主の御手の中にあると信じて、従い生きている彼らの信仰には、ほんとうに私たちが聞いて行かねばならないものがあるのでしょう。

2012年2月12日(日)
今日の礼拝に

今日の礼拝に、久しぶりに高田兄と関根姉が来て下さった。高田兄は広島県三原にお住まいで、年に一度こちらに来られたときは必ず、礼拝に出て下さいます。学生時代に立川教会で郡先生にバプテスマを受けられた方です。今もその頃の方たちが数人おられ、立川に来られるのはその頃の方たちとの再会が慰めなのかなと思っています。
関根姉はご主人の仕事の関係で名古屋にお住まいで、本当に久しぶりの礼拝でした。こんな再会はうれしいですね。
昔の信仰の仲間と会うのは、私にとっても
慰めで、今も50年余も昔の西南学院教会時代の仲間、30年余昔の八戸教会の信徒の皆さんとの親交が続いており、私自身の信仰の励ましを与えられています。
本当に私たちがどのように生きているか、信仰の喜びが溢れる毎日を過ごしたいと願わずにはおれないでいます。

2012年2月7日(火)
放射能汚染

教会の庭も放射能に汚染されていると言われた。
賢治の学校たんぽぽ園の園児のために、立川市が放射能検査をしたところ、庭は 0,05
位の数値であったが、雨樋の水が流れ出ているところは、 0,45 と言う数値が出たそうで、市の基準は 0,25 なのでその場所の砂は除去、埋めなければならないといわれて、除去して裏の庭に穴を掘って埋めてもらった。
さらに教会の周り全体を検査したところ、雨水が流れ落ちているところの数値は、どこを測っても 0,45 近辺を指したという。教会の周りは幼稚園児が行くことはほとんどないので特に処置はしなかったが,気にしておくべきことではある。
福島の原発事故以来、その数値に敏感に反応し身の安全を確保することにやぶさかではないが、東日本大震災以後、「絆」が一人歩きしてしまった感はないだろうか。
というのは被災地のがれき処理に非協力的な地域のあまりにも多いことに不信をもつのです。
ほんとうに「共に生きる」との思いを大事にしたいと促されています。

2012年2月3日(金)
牧師の窓
立川バプテスト教会のホームページは掲示板でしたが、少し時々のニュースをお知らせする意味で「牧師の窓」をブログではなく日記風のページで開きました。

今年1月5日に私の母が天に召され、楽しい教会生活を送った福岡城西キリスト教会で、1月最後の日曜日29日に「記念会」を開いてくださることになり、立川教会の講壇を坂元兄が守って下さることで参加させていただきました。
私たちは私の母教会である西南学院教会で礼拝にあずからせていただきました。今西南学院教会は改築中で、西南学院大学チャペルで礼拝が行われていました。
福岡城西キリスト教会が伝道所時代から、母が山田牧師と一緒に教会形成のため労してきたお話しなど、私の知らない母の教会生活を聞かせていただき、私自身の有り様を正されたことでした。
私たちが福岡に来ていることを聞いて、古賀教会の礼拝を終えて、平雅子姉がわざわざ訪ねてきて下さり、しばしの交わりの時をもたせていただきました。平 姉の自宅から教会までの送り迎えをして下さっている高良兄に送ってもらって。お元気で立川教会の皆さんの消息などお話しし楽しい時を過ごさせていただきました。わざわざ会いに来てくださったこと感謝でした。