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2013年3月2日(土)
西南学院東京オフィス

思いがけない心臓病・狭心症の手術で、少し元気を失いました。というのは表面上で、気力はまだまだ十分です。周辺が大事に大事にと言ってくれるのでそれに甘えている感がないでもありません。
新しく2013年を迎えて、ほんとうの意味での私のご用の一区切りが付けられればとの願いで歩み始めさせていただきました。
私は、立川バプテスト教会の今年の目標は「チャレンジ」だといっています。どれほど皆さんが共鳴してくれるかはまだ未知数ですが、立川バプテスト教会の将来を見据えるとき、いまだ未知へのチャレンジする力があると見えるこのときを足がかりに、私たちの教会生活をも含めて、未知へのチャレンジをと願っています。
ところで西南学院は2016年に創立100周年を迎えるに当たり、様々な計画・企画が立てられていますが、その一つに「西南学院東京オフィス」の開設がありました。JR東京駅に直結する35階建てのサピアタワアー10階に昨年開設されました。福岡の西南学院が、東京に活動の拠点が築かれたことは、日本の西南学院、そして世界の西南学院として、その創立の精神をしっかりと広げていく、希望のできごととして私は勝手にとらえさせていただいています。
その100周年記念のシンボルマークもさることながら、ドージャー先生の「西南よキリストに忠実なれ」とのモットーもしっかりと披露されるとき、それを下支えをするのは「日本バプテスト連盟」の諸教会ではないでしょか。そしてその大きな畑をしっかりと実らせるのも日本バプテスト連盟の諸教会ではないのだろうか。そのような思いの中で、私は「西南学院」の宣伝マンをさせてもらおうかと思っています。

2012年12月28日(金)
クリスマスを終えて
私はクリスチャンとなって、病院の病室でクリスマスを迎えたのは初めてでした。数日、胸の圧迫があったので、軽く診察をしてもらうつもりで行った病院で、即入院と言われて慌てました。病院の駐車場には車を置いたままで病室に連れて行かれ、様々な検査の結果下された病名は「不安定狭心症」。心臓にカテーテルを入れて検査、その結果では手術になると言われました。覚悟しましたが、クリスマスには帰れると踏んでいました。
カテーテルを入れての心臓の検査の結果は、検査だけで終わらずにそのまま手術となり、血管の修復が行われました。私流には、大変な病気であることは承知していますが、あまりスムースに手術が終了したのでいまだ信じられない思いでいます。
手術が終わって、3泊4日で帰れると思っていましたが、牧師でクリスマスとはとんでもないとドクター・ストップで退院はクリスマス開けとなりました。教会は牧師不在のクリスマスを迎えることになりました。いまさら説教者をお願いするゆとりはありません。クリスマス感謝礼拝もクリスマスイブ礼拝も、説教原稿の朗読をしていただくことになりました。幸いに感謝礼拝もイブ礼拝も多くの方々と守ることが出来、主を心からほめたたえられたことは感謝に堪えません。
立川バプテスト教会はこの年、伝道50周年の感謝礼拝をさせていただき、新しい2013年は新たな幻をかかげて歩み出したいと祈っています。この不慮の出来事は、本当にいよいよしっかりと新しい幻をいただいて、歩むべき示唆を与えられたことであったかと思っています。今、日本のキリスト教界は試練のただ中にあります。社会の風潮の中に埋没しかかっています。本当に福音をしっかりと語らなければ、存在をすら問われかねません。「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えて下さる」(箴言16:9)でして、大いなる伝道の幻をかかげ、主に信頼して、その実現のために歩む教会とされたいと願っています。
2012年11月10日(土)
日本バプテスト連盟定期総会

久方ぶりに連盟総会に出席しました。大きな理由は早天祈祷会に参加すると藤野先生に応えたことによりますが、時間に遅れて祈りの輪の脇に添えさせていただいたに過ぎません。でも少なくない祈りの群が起こされたことは、日本バプテスト連盟の将来に希望を持たせていただきました。
日本バプテスト連盟の中長期大綱の目指すところは、「和解の福音に生きる」ですが、「和解の福音」とは、まず私たちと神との和解がなることが前提です。しかし大綱の全容は、神との和解は周知のこととして、隣人との和解をいかに整えるかに集中されている。それでは和解の福音はとうてい浸透していくことはかないません。
私は私たちの務めは、神との和解をしっかりと語っていくことをおいて他にはないと思っていますから、総会議場で発言させていただいたこともありましたが届きませんでした。
リバイバル祈祷会と称して始まったこの総会議場での早天祈祷会の輪が、日本バプテスト連盟の歩みを揺さぶる源となることを信じてやみません。
また、連盟総会の場は、多くの旧知との再会の場であり、祈りの場でもあります。今回は立川バプテスト教会の50年誌を送らせていただいていた関係で、多くの方から声をかけていただき、祈りの報せをいただきました。川内先生とはしばらく昔話をさせていただきました。祈りの輪の中にしっかりと入れられている立川バプテスト教会を教えていただきました。

2012年10月22日(月)
富良野の並木姉をたずねて

日本いのちの電話連盟の「全国相談員研修会さっぽろ大会」と理事会に出席するため札幌に行きました。
一日早めの10日に札幌に着き、そのまま富良野に行きました。前回、札幌で壮年大会があったときは、その帰りに函館によって帰山兄を問安しましたが、今回は富良野の並木姉のペンションを訪ねる計画でいました。並木姉から富良野に来るなら旭川空港が近いと言われていましたが、私の用件の関係で札幌(新千歳空港)にしました。
札幌から富良野まではバスでおおよそ3時間の旅でした。でもお尋ねしてよかったです。並木まり子さんのペンション「グスベリー」すてきでした。ほかにはお客さんがおられず、ペンション宿泊と言うよりは並木姉のお宅を訪ねたような歓待を受けて、ゆっくりと休ませていただきました。
ペンションは雑木林の中の一軒家、と言っても一軒隣家はありましたが、舗装された道路からは雑木林の中に入る砂利道の先にペンションがあり、電柱もグスベリーで終わり。
朝、散歩に出ましたが一緒の並木兄は熊よけの鈴を付けておられました。
最近では東京の都会のど真ん中に野生の猿が闊歩する時代ですから、不思議はないでしょうが、それでも本当の自然を感じました。
自然との共生の中で、私たち以上に創造主を身近に感じておれるかと思っていますが、送らせていただく週報やろばを読んで信仰の養いを受けておられるとお聞きして感謝しました。冬の北海道の厳しさを思いながらも、それを超えて生きる楽しさをもう一度思わせていただきました。
帰りのバス停までの途中で、並木姉が出席されているメノナイト富良野教会の前を通っていただきました。いまは無牧師だそうですがすてきな教会でした。久しぶりにお会いする方々をお訪ねすることはうれしいことです。

と同時にいつも祈りに覚えさせていただいていた兄姉の久方ぶりのニュースで、すでに天に召されていたとお聞きする時は本当に申し訳ない思いでいっぱいになりました。50周年感謝礼拝のご案内受け取られた田中みつ姉のお家族の方が来た下さり知らせてくださいました。心からのお悔やみを申し上げます。いろいろな意味で、もっと教会員の皆さんとの親密な交流の必要を痛感させていただきました。

2012年10月15日(月)
平和祭・讃美伝道礼拝

平和祭・讃美伝道礼拝は、すてきなソプラノ3人によるアンサンブル・コンサートで心静かな恵みの時を過ごさせていただきました。
立川バプテスト教会の平和祭・特伝は、礼拝堂がサロン風の会場に変わります。真面目な方からはお叱りを受けるのかなと思いながら、心のそこから安らぎ、神さまの慈しみを体感できる時として気に入っています。
今回の「ラ・カノール」の演奏は、さすがプロとして活躍しておられる3人で、その歌声に酔いしれたと言えます。すべてを豊かに与えてくださる神の慈しみを思いながら聞き入っていました。
確かに、どこに福音がと言われることしばしばですが、キリストの来臨が私たちにもたらしたものが、しっかりと自分を見つめ、自分を知ることができるとき、私たちはすべてを主におゆだねします。
ハレルヤ・コーラスを聴きながら、今回の平和祭を感謝しました。
新しい100年に向けての立川バプテスト教会の最初のこの平和祭。不似合いな表現かも知れませんがファイト、ファイトのかけ声がかけたくなりました。

2012年9月18日(火)
立川バプテスト教会伝道50周年記念感謝礼拝

立川バプテスト教会伝道50周年記念感謝礼拝を、満50年を迎えた9月16日に無事に終えることが出来感謝しています。
多くの近隣の教会の方々が参加してくださって、ほんとうに心からの喜びの時となりました。私たちはこの時をさらなる前進のときと決意させていただきました。

 「立川バプテスト教会は、この心の安らぎのない時代にあって、主に平安を求めてゆきます/私たちはキリストにあってこそ、まことの平安が与えられると信じています。あふれるばかりの主の平安を分かち合うのが私たちの務めです/今後の教会活動の中で、これらの課題を祈りを持って取り組み、地域社会に開かれた教会を目指してゆきます」

これからもまだまだつらいときが訪れて来るであろうこと承知しています。けれども連盟理事・鳥飼好男兄の「たちかわ」の文字を織り込んだ祝いの言葉を胸に、しっかり主に仕えさせていただく教会の歩みをさせていただきます。

 た: たたえよ我らの主
 ち: 力の源なる我らの主
 か: 変わらぬ恵みを賜る我らの主
 わ: 我に来よと招き続けられる我らの主
  わ: 私どもは共に主に仕えます

立川バプテスト50年の歩み・記念誌を見てください。
 

2012年8月19日(日)
立川教会伝道50周年感謝の日が近づいて

立川バプテスト教会伝道50周年の感謝の日が近づいてきました。一つの区切りの時として、さらなる前進への希望の時としたいとの願いで計画をしましたが、思ったよりも大がかりなことになってしまいました。
記念誌の発行準備は順調に進んでいますが、記念事業の一つとしていた教会墓地を取得する手配がしっかりと整い、八王子市上川町「上川霊園」芝生庭園風の墓地を確保しました。順調に行けば今年の「永眠者記念日礼拝」に間に合うのかとも思っています。
また記念の植樹をしたいとの発議もありました。以前には教会の庭に大きなヒマラヤ杉の木があって、クリスマスにはクリスマス・ツリーとして飾られていたのの再現をしたいとの願いです。
また、教会堂の内外の改修などにも手を付け、この周年行事が思いもかけない大がかりになってとまどっています。
でもこの出来事を通して、前進への覚悟と意気込みを見出させていただくことができるなら、これほど大きな喜びはありません。

2012年8月3日(金)
ホームページの更新

立川バステスト教会のホームページのサーバーに不具合が起こり、サーバーをアルファーメールに変更しました。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
いよいよ立川バプテスト教会伝道50周年を感謝する9月16日が近づいてきました。この記念事業の一つに教会墓苑の確保が上げられていました。先日、墓苑ツアーなるものを実施して、近隣の墓苑を数カ所見学させていただきました。候補地として上がったのが一面芝生墓地で、墓石も高さ制限等の条件付きの格好なところが見つかりました。
長年の教会の念願であった教会墓苑が実現しそうです。
立川バプテスト教会の皆さんの多くが、自分の墓地をもたれているので、実感として実現進行への歩みが鈍かったことは確かですが、教会が伝道を深めていく中で大事なことです。この事業の実現を期待しています。
また、この機会にと会堂の造作を少しあたらさせていただいています。

2012年7月3日(火)
ほんとうに頑張ればいいのか

私は、今年は年の初めから様々な出来事の連続で、やっと半年が過ぎたと思ったとたん、からだに発疹が出て、病院に行ったら帯状疱疹だと言われ愕然としました。
人間には何事においても限度がある、と言うことは承知しています。承知していながらやらなければならないことは、しっかりやらなければ思い込んでいて、神さまにお任せしていると言いながら、自分でがんばっている自分を知るのです。それほどにお任せする、と言うことの難しさを実感しています。その結果がこれだろうなと思わされています。

私は信仰者です。だからいつも信じて生きろ、と問いかけらられながら過ごさせていただいています。
私は人とのおつきあいの中でも、その問いを、しっかりと受け止めさせていただいているつもりです。
とても信頼できない方がおられることも確かです。それでもそれでも信じ抜いていくのが信仰者だと、無理をしていると言われるのかも知れませんが、でも私はイエスさまのことを思うとき、そうあるべきだと思っていますが、違っているでしょうか。
今日の時代の教会、もっと現実に即応してと言われる言葉を聞かないわけではありません。しかし真理をまげることは出来ないでしょう。そう言うと真理とは何か、との言葉が返ってくるかも知れません。私にとってそれは聖書です。多くの批判にさらされてなお、私は真理の源は聖書いがいにはないと信じています。
聖書を通してイエスは「われに従え」といわれ、「私があなた方を愛したように、互いに愛し合え」といわれる。頑張るよりほかないではありませんか。いや、頑張らなくても出来ることなのかも知れませんね。


2012年6月17日(日)
野外礼拝
昨日土曜日、計画していた武蔵村山の菖蒲園での野外礼拝を守ることが出来感謝でした。からだが不自由で、なかなか教会の礼拝に出られない坂元てる子姉とご一緒に賛美をし、祈りたいとの皆さんの願いで、坂元姉のご自宅のそばの、この菖蒲園での野外礼拝は3年目になりました。
菖蒲の見頃は梅雨時で、雨は覚悟の計画でしたが、さすがに終日雨の天気予報では、覚悟をして出かけ、お弁当を開くのは昭和記念公園に移動して屋根のあるところでと相談もしました。
けれども少しぱらつく雨の中でしたが、無事にご一緒に賛美をし、祈り、礼拝を守って、移動することなく菖蒲園でお弁当を開きました。
神さまって粋なお方ですね。ぱらつく雨の中でしたが、大樹の陰の広場でしたからその軒先で、雨を心配することもなく、心置きなく食事をし、語らわせていただきました。
雨に洗われた周りの木々の新緑は鮮やかでしたし、菖蒲やあじさいもまた目に鮮やかに咲き誇っていました。神が造られた素晴らしい世界を満喫させていただきました。
食事が終わりに近づいたころ少し雨脚が強くなり出したので、終わりにさせていただいた、ほんとうに短時間の野外礼拝のひとときでしたが、私たちにとっては密度の濃い感謝な時でした。
大いに広い野外に出て、声をいっぱいに賛美できる感謝の時をさらに持ちたいですね。

2012年6月11日(月)
日野神明伝道所

昨日の礼拝は日野神明伝道所でした。複雑な気持ちで礼拝のご用をさせていただきました。
私にとって日曜日の礼拝は、神をあがめ感謝する平安のひとときです。感謝の一つも見いだせなかった一週間であったと、思い込んでいるかも知れません。それでも信じて感謝してついて行く、告白のひとときだと思っています。
日野神明伝道所の、今ある出来事をしっかりと受け止めながら語らせていただくとき、さらにその思いを強くさせられたことでした。説教の最後に聖フランシスコの「平和の祈り」を読ませていただきました。
その実践に一歩は踏み出せているのだろうか。私自身も含めて、しっかりとこのことをふまえた日常を過ごせない限り、本当に平安な日々は訪れては来ないと思っています。


平和を求める祈り

わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、絶望のあるところに希望を、
闇に光を、悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからゆるされ、
自分を捨てて死に、永遠のいのちをいただくのですから。
         アッシジの聖フランシスコ

2012年5月31日(木)
久しぶりの昭和記念公園
今年は年始めからの様々な出来事に追われて、なかなかゆったりした気持ちになれず、つい昭和記念公園にも散策に出かけられなかったので、ポピーの丘がきれいだと聞いて出かけました。そこまでの高フ木々の間の散策はほんとうに気持ちのよいものでした。昭和記念公園は本当にいいところです。
先週の聖霊降臨祭(ペンテコステ)礼拝は、日野神明伝道所との合同礼拝でした。キリスト教会にとってはクリスマス以上に大切な祝日だと思っていますが、私たちの思いを超えた神さまの出来事です。受け止めがたい出来事であることも確かです。この新緑の季節に、もっと、いのちあふれさせてくださる神に思いを巡らさせていただきたいと願ったことでした。
昭和記念公園の新緑の間を散策しながら、すてきな空気を吸わせていただきながら、いつも主の豊かな守りの御手の中にあることを感謝させていただきました。


2012年5月20日(日)
オリーブの会スペシャル

今日の日曜礼拝は、「オリーブの会スペシャル」を取り込んだ特別の礼拝式次第でしたが、皆さんとのよい恵みの証しの分かち合いのひとときを過ごさせていただきました。「夢を語る」がテーマでしたから、皆さんから教会が元気になり、さあー、という夢が出てくることを期待していましたが、現実に足をおいての証しが中心で、その意味では少し期待が外れました。それが現実であることを承知していますが、ほんとうに「夢」を語り合いたかったのが正直な感想です。
現実に足を置いて事を考える、というのは常識でしょうが、実現が出来そうもない「夢」を語るなんて無責任だと言われるならそれは違います。聖書には「幻のない国は滅びる」とあります。
今現実を見つめて、日本の国はいま、経済がどうの、原発がどうのと現実の対応から抜け出る目が開かれていません。たしかに現実の対処が出来ていなくて何が夢だと言われるのかも知れません。けれどもまた明確な目標、目当てが出来ていなくて、現在の対処は出来ないのではありませんか。
礼拝出席者が30人以上になること、家族みんなが救われて家族で礼拝が出来ることが夢だと語られました。これは確かに私たちの心からの祈りです。でも「主の日」が近いと言われる今日、私たちの祈りは身内の救いにとどまらない世界的救いに目が開かれてしかるべきではありませんか。今はグローバルな時代です。そこからピンポイントとしての礼拝出席、家族の救いが出てくるのであって、私たちは広く、教会が元気になるには、を模索するのです。
よく、年をとったからといわれます。それはみんながそうです。年寄りの世界になったのなら、年寄りの世界での有りようがあるはずです。そこから次のステップを考えませんか。知りえたことが一つあります。それは私たちは夢を持つということに欠けた人間ではないかということです。ほんとうにもっと夢をもちたいと思わされました


2012年5月3日(木)
東京地方教会連合総会

毎年「みどりの日」は東京地方教会連合の定期総会です。今年も市川八幡教会を会場に振替休日の30日(月)開催されました。
とくに紛糾する議題はありませんでしたが、少し不満なことは、教会の使命がなかなか受け止められていない昨今の連合活動、そして連盟の活動です。
今年も連合のメイン・プログラムは「連合のつどい」と「伝道戦略会議」のようです。確かに協力伝道がしっかりと受け止められてはいますが、内側の地固めであって、イエスが私たちの求められている「出て行って」と言うことにはいささか不満です。
私はいつも連盟のホームページを見るたびに、連盟っていかなる団体なのか、という問いかけをさせられずにはおれないでいるのです。
「出て行って」との問いに答えた行動だと言われるとしても、何か合点がいかないでいます。私たちにとって東日本大震災の出来事は忘れてはならない大切なことですし、その支援は長く続けるべき私たちの思いです。
でも、それが中心ではないはずです。私は福音宣教こそが私たちの使命だと思っています。その視点で支援活動も出てくるのです。その意味でももっと基盤を確実にするためのプログラム展開が必要ではと思っています。
やっていると言われるのかも知れませんが、えげつないと言われることを承知で私は、それを前面に押し出すべきだと思っています。私たちは宗教家です。私はそれを忘れては、私たちの行動は意味をなさないのではと思っているのです。
東京地方教会連合の総会に参加してそのことを強く感じました。そしてそれは私たちの教会の活動にも言えることではと思ったことでした。もっと信仰者としての活動に身を入れなければと思わされています。


2012年4月19日(木)
教会総会を終えて

立川バプテスト教会の2012年度総会を終えることが出来感謝です。
残念だったのは、少なくない皆さんが参加できなかったことです。立川バプテスト教会伝道50周年の年、新しい決意の下での出発をと願って計画を立てました。
信仰者としての基本で、わかりきったことを今年度の活動目標に立てました。「礼拝」が今年度の目標です。今日の社会生活はそれをなかなか容易にはさせてくれません。
だからこそ努めて礼拝を大事にしたいと願っています。私たちの信仰生活のすべての面にわたって言えることですが、強いられて行動するものではありませんし、尺度の対象でもありません。
心から神を敬い、信頼し、従って生きるとき生まれ出てくるもので、信仰の確かさの確認をこそ求めさせていただこうと思っています。
その生きる姿が家族への証しとなり、共に礼拝への誘いになります。この一年、自分をしっかりと見つめていただこうかと思っているのですが。
50周年はその意味で、私たちの歩みの確かさを確認させていただく時であり、そして感謝と幻をいただいて、成長させていただくときです。